小ネタ情報  クロフォードさんの情報コーナー     2009. 5. 1 更新
 当ページの有力な支援者である、クロフォードさん@鉄道調査員 から寄せられた各地の情報です。寛大なご配慮により、ページ開設となりました。
 ありがとうございました。
 彼の情報には、地元の人々への聞き込みという裏付けがあり、まさに廃線・廃車刑事といったところです。脱帽です。 
001
キハ22−140
■元旭川運転所キハ22-140
■場所・・東川町向鉄工所敷地内、物置として使用
■状態C・・床下部品・台車が無く車体のみ。やや痛んでいる。
■交通・・旭川市から旭岳天人峡方面へ向かう道道の東川町商店街の中にある。
(2003.12.2 レポート)

←(2009.5.1管理人撮影画像追加)
002
キハ22−224
■昭和39年・宇都宮富士重工製キハ22-224
 ■場所 東川町共栄解体(有)レッカー事務所敷地内の休憩小屋兼物置
 ■交通 旭川市から旭岳天人峡ルートで途中塀に半分覆われた車体が見える。(オーナーに許可を得て撮影)
 ■状態D 床下機器や台車も無く車体のみ。内装はほとんど部品が外されており扇風機等もすでにない。塗装の剥離と腐食が酷い。中は簡単な居間並に改装、昼飯休憩等に使っているものと思われる。以前は車体が事務所だったが、新しいログハウスを事務所にしこちらを休憩小屋にしたそうである。電気・暖房設備を使うため煙突やアンテナ、ケーブルが取りつけられた。
 ■備考 最終配置旭川最終全般検査は昭和60年10月?63年10月?(二つ表記がありどっちかは不明) JRマークあり オーナーには特にこの車体に思い入れがあるわけでなく、売却譲渡も考えているとか。ここは冬でも撮影可能!事務所敷地内なので許可は得た方が良いですね

(2003.12.5 レポート)
003
キハ22−248
■旭川市上雨紛地区の「国鉄墓場」(あくまでこの土地に私が勝手につけた名前)にある。
■台車が残ってますが資材やガラクタに囲まれて見えません。
(2003.12.5 レポート)
004
元 士別軌道バス
■場所・・東川町志比内道道79号線(旭岳・天人峡ルート入口)ホクレンと派出所のある信号から旭岳方面へ走りすぐ右手に見 える。
■ 状態Cランク(雑草が生い茂り放置され痛んでいるため)
■ 備考・・・士別軌道の文字が今だ残る。ボディは全体的に丸みをおびたデザインで外板にリベットがうちつけられているかなり古いタイプ。放置されているようで使われている様子もない。雑草がすごくて入れない!
(2003.10.8 レポート)
005
たまには趣向を変えて、ミリタリーファンの方へ
■元航空自衛隊 F80型全天候戦闘機
■保存場所 秩父別町内のスポーツ公園兼キャンプ場敷地内
■状態C 昭和40年代まで使用されていた旧型機故大変古く多少の痛みは仕方ない。
■備考 最高航行速度 マッハ1.1(1180km/h) ロケットや機銃等で武装、夜間等でも運用できたそうである。隣にはF-104J要撃戦闘機も並び、戦後の日本の空の平和を守り続けてきた翼はこの秩父別町で静かに余生を過ごしている。
(2003.12.8 レポート)
006
パート2
■F-104J要撃戦闘機 (上の005 F80の隣にある)    
■状態C 錆など多少の痛みはあるが兵器だけあってかなり頑丈にできている。
■備考 中富良野町森林公園にも三菱重工製の同型機が保存されている旧型戦闘機である。翼端に燃料タンク、垂直尾翼の上に尾翼がT字型にのる珍しい形状が特徴。この機体も資料によるとマッハ1で航行可能だったようである。
■交通 JR留萌本線秩父別駅から徒歩10〜15分(深川又は留萌方国道から入れる)健康センター的な立派な浴場もあり、ドライブの休憩地点にもなる。
(2003.12.8 レポート)
007−1
キハ22−120
■場所・・鷹栖町キャンプ場「希望ケ丘ロッキーランド」簡易宿泊施設として使用中。
■状態C 廃車後運ばれてきてから再塗装したと思われるが雨晒しで痛んでいる。床下機器はバッテリーボックスだったと推測される箱型のカバーを除き全て外され、台車のぶんだけレールが敷かれて置いてある。
■備考 内装は半分残してお座敷とし、宿泊時に寝ることができるようにされている。扇風機や一部の機器は外され内装パネルは緑に塗られている。マンガや雑誌も置いてあり、ライダーや旅人に人気があるのか、宿泊者の寄せ書き?も内部に書かれていた。ボディは青く塗られており星座をイメージしたキャラクターが描かれている。
■交通 鷹栖町市街地からはかなり離れており、バスも本数が少なくマイカーかタクシーで行くことをお勧めします。場所は「北海道キャンプ場ガイド」等に掲載されているので詳しくはそちらを。   (取材2003.5.18)
(2004.1.2 レポート)
007−2
キハ22−120 その後のレポート
■雨晒しのため塗装の色褪せと剥離がすすみ、錆びて穴があいている箇所もあります。
■投石か台風か、窓も割れておりそろそろ本格的な補修が望まれます。
■またDT22台車とDMH17エンジンを繋ぐ動力伝達シャフト及び配線等を部品取りの際に切断した跡がありました。(写真手前側がTR51、奥がDT22台車。)    
■ 「希望ケ丘ロッキーランド」の使われなくなった旧看板(近くの農家にある)には、列車休憩(宿泊)所は赤い列車と線路が描かれており、当初はタラコ色のままだったものを、塗り替えたこともわかりました。
(2004.10.8 レポート)
008 
■フロンティアフラヌイ温泉・送迎用バス
■場所 上富良野町温泉宿泊施設「フロンティアフラヌイ温泉」
■状態D 部品のほとんどが外され物置となり、痛みや汚れもひどい。
■備考 上富良野市街地から十勝岳温泉方面へ向かう道道沿いの住宅街のなかにあるホテルの裏手駐車場に物置として置かれている。10数年前の開業以来使われていた送迎バスで近年まで町内を走っていた。新しいバスと交代し、引退後の余生は同社の物置になって過ごしているようだ。ついこのあいだまで動いていたので廃車になったのは少し寂しい気がする。おそらく昭和末期〜平成初期頃製造されたものと思われるがメーカー車種は不明。
(2004.4.5 レポート)
009 
■旧国鉄客車改造事業用車・スヤ52                          
■場所 美瑛町旧ライダーハウス「蜂の宿」跡(同所簡易宿泊施設の一部として使われていた。)                                
■状態A 再塗装で有る程度補修された模様。床下機器が無い。                     
■データ 昭和25年近畿車両製・スロ51-8→寒冷地仕様改造スロ52-4→最後に事業用スヤ52-2となったらしい。スハ43やオハ46などに比べ窓が極端に狭いのが最大の特徴である。                   
■備考 何故か2エンド側に貫通扉が無い。埋めたような加工した跡があり現役時の改造かオーナーが手を加えたのかどちらかだろう。 三年前にも調査しているが地元の人に聞くとライダーハウスが移転して使われなくなったものの跡だったとわかった。放置されて痛み、専門家から補修が必要だと言われていただけに再塗装は嬉しいが、何に使うのか何を目的に補修したかはまだわからない。(2004.5.12 レポート)
010 
■日産シビリアン・デラックス ディーゼル3000(右) 車種不明同日産自動車製マイクロバス(左)                  ■場所 美瑛町郊外農業地帯(正確な住所不明)    
■状態 シビリアンは内装・座席がほぼ完全に残り比較的状態がいいのでBランク。    
  左は内装が物置になり部品が外されている他、腐食や痛み、破損があるためCランク。
  ナンバー、バックミラー等はどちらも外されている。  
■備考 両車共に年式は不明。座席が残るシビリアンの方はどうやら農作業従事者を運んでいたようである。片仮名で「ニッサンシビリアン」と窓にステッカーが貼ってあったり、フロントに横書きでNISSANのロゴがついている所はかなりその時代を感じさせる。左車種不明車は表記から「国立療養所道北病院」の送迎車だったことがわかる。(2004.6.7 レポート)
     011 
■三菱ふそう・元旭川電気軌道バス
 ■場所…富良野市山部郊外、「山部自然公園太陽の里」前
 ■交通…R38/237重複ルートで山部駅前中心部に入り、太陽の里の案内で曲がり公園前まで行くと捨てられた廃車郡が見える。
 ■状態C…放置に近く破損がひどい。パーツもかなりはずされていた。
 ■備考…旭川電気軌道近郊路線用の基本色だが、社名を消した跡がある。旭川電気軌道車は塗装変更せずにふらのバスに移って使用されたものが数台あるが(かつて富良野―旭川間路線が旭川電気軌道運営で、それをふらのバスが引き継いで営業している関係かバスも払い下げられているらしい) この三菱車の最終配置が旭川電軌かふらのかどちらなのかは不明である。 現在は土地の所有者が周囲を廃 車や解体処分した農機の置き場にしており、このバスは物置がわりに使っているようだ。(2004.8.3 レポート)
 012
■取り壊された楓駅
■完全に取り壊されてなくなってしまい以前の風景も、UHBの取材とファンで賑わった最終日の映像も嘘のように…
■ ホームやレールはそのまま残りましたが、駅名標など楓駅を証明するものは全て無くなり、小さな駅舎があった部分のスペースがやけに広く寂しい風景。 石勝本線サイドの信号場ホームへの入口も柵がされています。■ ドライブインの姉ちゃんも「ええ、なくなっちゃったんですよ」楓駅の寂しさとは反対にドライバーと観光客で賑わう近くの「国道の駅」。 片付けられた祭り会場跡のような寂しさだけが、二度と「最終の始発」が来ないホームに残っていました。  ■去年の写真と並べてみましたので比べてみてください。(2004.11.8レポート)
 013  道北バスを使った、「純と結の家」が完成したということで取材してきました。
 ■富士重工製・旧道北バス
 ■場所 富良野市麓郷「拾ってきた家」ロケセット敷地内
 ■状態 車体右側面切断、内装は最後尾シートを残して全て撤去、左側面乗降扉と切断した右側側面の両側から廃材を利用して部屋を広げ家にしている。外側からみるとバスが車庫に入っているようにも見えるが、完全に家の一部として取り込まれていた。運転機器も全て外されているが、玄関はそのまま左側乗降扉を流用して広げていた。車体色は道北白緑路線色を戦車のような深緑に塗りかえている。
 ■備考 「拾ってきた家」の見学料200円が必要。放送終了後の展開を想像した形で、純と結が一緒に住む家を五郎の家の近くに作ったという設定とのこと。作品のファンも廃バスに興味がある方も、一度見に行ってみることをおすすめします。拾ってきた家とまわりの家はみんな廃材利用のリサイクルハウス。家が何で出来ているかじっくり見てみると面白いでしょう。「捨てられているモノを生き返らせる」テーマは、本当に考えさせられました。(2005.3.6レポート)→小ネタに詳細取材
 014 
■富良野駅前でライダーハウスとして余生を過ごし、C11用の旧客修理のために部品を提供したスハ43+スハフ44。 老朽化が問題視されていましたが、駅前再開発計画の一貫でついに撤去。引き取られた先はなんと「拾ってきた家」でした。
 ■麓郷のロケセット受付の男性によると、この二両を改造して再利用し、拾ってきた家に隣接する新たなセットをつくるとのことです。 フラノEXPにあわせて白青に塗られ、毎年ライダー達の宿になり、私も高校帰りにスハフ44の車掌席で帰宅列車を待って休んでいましたがしばらく放置されていたので、復活することが決まり嬉しいかぎりです。
 ■二両は切り離され、雪被って復活の日を待っています。雪がとけたらいよいよ改造されるそうです。おそらく保存鉄道車両としての整備とは違うモノになりそうですが、捨てられているよりは生きていて欲しい。完成後も取材してきますので、お楽しみに。
(2005.3.6レポート)   注)右の画像は、富良野駅前にあった当時、2001.6撮影の参考画像です。
015 
■十勝清水駅構内がやけに広いのが気になり周辺を調査したら出てきました。近くに製糖工場線跡らしいものが!
 根室本線十勝清水停車場接近標がある踏切(新得-十勝清水間)のそばにもう一本踏切埋めた跡があり、新得方は廃止後に
柵立てたようです。まだバラストも導水管を跨ぐミニ橋梁も残っていました! ここはホクレン清水製糖工場敷地内のギリギリの
所にあり敷地内にホクレンマークの機関車が保存してあるのが見えました(立入許可得てないので接近できず)
 正確な資料が無いので微妙なところですが、やはり十勝清水駅と工場間を専用線で結んで貨物輸送した跡でしょうか?十勝
清水駅本屋と根室本線ホームの間が妙に開いている位置とこの道床跡の位置は繋がっていたと思われますが…
 もしご存知でしたら補足お願いしますm(_ _)m (2005.7.29 レポート)
私も現地に行きました。小ネタにページを起こして詳しく説明します。
016
戸外炉峠のネコバスのその後を調査してきました。
■元北空知バス・三連テールライト仕様日野RC(ネコバスカラー1台、北空知バス路線用色1台)
■場所 深川市音江町「戸外炉峠駐車公園」前の畑で二台とも農家の物置になっている。深川ICからスキー場に向かって道道を登って行ったところにある駐車場とトイレの前。
■ネコバス仕様の状態…Bランク。若干の錆があるが塗りかえられている分状態は良い。
■北空知バス路線色車の状態…Dランク。フロントガラスが脱落し各部の破損が酷く状態がよくない。(以前はフロントガラスは割れてなかったので、いたずらされた可能性がある)
■備考 北空知バスの社名を消している。内装は物置だが、まだ現役時の雰囲気は残っている。ネコバスの方はどうやら地元の町おこしグループが塗りかえたらしい。 もう一方はかなり壊されていて残念。現役時そのままに近い、とてもいい状態の廃バスだったのに現在のフロントガラス割られて脱落し、ゴムが垂れ下がっている顔は悲惨で可哀想でならない。
◆掲示板にも書きましたが、キハ56がああやって朽ちていくしかないのが悲しいですね…
(2005.9.14 レポート)

 017
■元中央バス・日野RC
■場所 雨竜町・雨竜土建敷地内(旧国鉄札沼線雨竜駅跡近く農協事務所の横)
■状態…Dランク。木材を中にびっしり詰め込まれた物置になっており、外装の錆もひどく窓が割れパーツも外され状態は悪い。
■備考 深川市内で発見した北空知バス(ネコバス含む二台)も日野RCだがどうやら年式・型式が違うらしい。
  横に長い側面窓が特徴だが、観光バスタイプだったのでしょうか?
(2005.10.24 レポート)
 018
■旧札幌鉄道郵便局・スユニ50-507+516
■製造…昭和30年。507→笠戸日立製作所、516→川崎車両
■場所…風連町ふうれん望湖台キャンプ場内
■状態…2005.10.28現在の状態でCランク。再塗装され緑色になっているが錆が発生し窓が割れており、内装にも痛みが目立ち状態はあまり良くない。センターハウスに管理人がいるキャンプ場内にあるが、あまり手入れされていないのだろうか。
■備考…現役時はやはり青く塗られていたようで貫通扉の内側は青いまま。湖側には駅名標風の「ふうれん望湖台」とスユニ50について書かれた看板や模造ホームが作られ、中に入れるようにしてある。
中は荷物室、仕分けをしていたであろう郵便室、車掌室と三つに分かれていた。ドアの指はさみ注意のプレートには、「札幌鉄道郵便局」と書いてある!(筆者が生まれる前なので鉄道郵便局を知らないので誰かフォローお願いします!)車体の郵便マークが消されているのが残念。山側は写真の通り鉄骨で転倒防止補強されていました。
郵政民営化するかどうか騒がれている今日、旧郵政省や旧鉄道郵便局の歴史に触れることができる貴重な車両だけに早めの補修が望まれます。(2005.12.8 レポート)
 019 

■先日帯広ですごい店発見しました。

■緑ヶ丘にある「リサイクルショップおおぬま」。大変貴重な骨董品がたくさん並ぶ味のある店なんですが、なんとこの店の前にはヨ8078が置かれてました!台車こそないダルマ、塗装も派手ですが踏切風の大きな看板とあわせかなりいい感じです。台車無し窓が少し割れているだけなので状態はCランクかな。

■「JRじゃない、とある人から買ったんですよ」と店主。なんと車体には貴重な「おたのしけ」ホーロー駅名板が!

■こういう廃車体の使い方は面白いですね。店の中も何十年前かわからない、かなりレアなものがたくさんありました。
(2006.5.6 レポート)
 020 NEW
■道北バス・日野RE
■場所 鷹栖町郊外の畑(物置として使用)

■状態 Cランク。錆が発生し、腐食した箇所に穴があいているため。テールランプもはずされていた。フロントガラスにトタン板がうちつけられている。

■備考 現在の道北バスと言えば白にグリーンや青のラインが巻かれたバスだが、それ以前に使われていた旧塗装とのこと。(数年前、このカラーリングの塗装復元車が登場した)
 普通廃バスは社名を消してしまうことが多いが、「道北バス」の文字がはっきり残り、窓には広告も。


(2007.4.24 レポート)