廃線写真館
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定山渓鉄道は、大正7年10月開業、昭和44年10月に廃止された、札幌市内を走っていた、現在のJR白石駅−定山渓
(白石−東札幌は、昭和20年廃止)までの私鉄です。かつては、苗穂駅にも乗り入れていました。
当ページの有力な支援者でありますMr.TOM氏が調査してくださいました。大変ありがとうございます。 
このページはその1です。
定山渓鉄道
2005年
 001
国鉄との共同駅だった旧千歳線、東札幌駅跡、右が豊平方面。
交差点を過ぎたあたり、道路の中央に駅舎が建ってました。
跡地には、札幌コンベンションセンターなどが建てられています。
 002
豊平駅へ向う廃線跡。旧千歳線は、サイクリングロードになっていて、左にカーブして行きます。
定鉄は、正面の白い建物の場所を、真っ直ぐ進みます。
 
 003
豊平駅の手前、道路の右側が、線路跡。
 
 004
豊平駅跡。駅舎は解体されて駐車場になっています。駅舎は2005年9月に撤去されました。
(小ネタ情報に詳細があります。)
 005
車両基地があった、広い駅跡にはスーパーなどが建っています。
 
 006
豊平から澄川へ向う途中、平岸4条8丁目踏切跡、そこだけ道路が盛り上がってる
場所があります。
信号のある所が、現在道路になっている線路跡。左が澄川方面。
 007
踏切跡から澄川方面へ400メートル地点を南望。
ここから地下鉄は、地上に出て定鉄線路跡を走ります。
札幌の地下鉄は、車輪がゴムタイヤなので、高架に上るまでの43パーミルの急勾配を、
スリップする事無く、走り抜けます。
 008
定鉄の澄川駅は、地下鉄駅と、同じ場所です。
 009
澄川駅から豊平方向を見たところ。
途中の勾配を緩和するため、左に行ってから右にカーブしています。
 
 010
慈恵学園駅跡。駅敷地には、児童会館と消防署が建っています。
女子高だった慈恵学園は、新陽高等学校に名前が変更されて、男女共学になっています。
 011
真駒内駅跡。現在の地下鉄車両基地近く。左側の自衛隊駐屯地の一角に、
ポツンと取り残された建物が、この場所に駅が存在した事を、表す物です。
 012
左が当時の日本通運の営業所で、
右の青い屋根が、交番だったようです。
 013
緑ヶ丘駅跡。向こうに見えるのが地下鉄真駒内駅です。
側壁の白くなっている場所が、当時の出入り口階段の場所で、
現在の階段は、地下鉄の引き上げ線が、延長された時に、
遊歩道の入り口として付け替えられた物です。
 014
緑ヶ丘駅から石切山駅方面へ向う線路跡。
 015
架線鉄塔の土台。
東札幌−定山渓まで電化されてたので、
この土台が等間隔で設置されてたはずです。
切断面から古いレールが使われていた事が分かります。
 
 016
石山にある、跨線道路橋。通称石山陸橋。列車はここをくぐりぬけて石切山駅へ向った。
定鉄廃止後、長い間放置されていた物を、1999年頃に拡幅後、石切山隧道として、
道路に再利用しました。鉄道が廃止されてからもこの名称は残り、なぜ「陸橋」なのか
不思議でした。
 
 017
近くにあるバス停。この石山陸橋とは、跨線道路橋の事を指します。
 
 018
石山陸橋から石切山駅手前の築堤。
 
 019
石切山駅。定鉄唯一の現存駅舎です。
石山振興会館として使われています。
 020
駅舎の裏手。線路跡は道路になっています。
 
定山渓鉄道 その2 に続く